視覚・色覚と表示技術

 

 

人が社会生活を営む上で環境から受け取る五感情報の中で、視覚に基づく情報量が圧倒的に多いと言われています。私たちが使用する電子カメラは、日常の3次元物体の光像を光学レンズにより2次元光画像に変化した上で、扱いやすい1次元の電気信号に変換しています。その反対に、電子ディスプレイは1次元の電気情報を2次元の光画像に変換して、人の目や脳に分かりやすく伝えます。そのため電子ディスプレイは、人の視覚に基づき構築されたヒューマンインタフェースと言えます。当然、画像コンテンツの作成でも、視覚特性をフルに活用することになります。

 

視覚特性で決定されるディスプレイの画質

 

電子ディスプレイの基本特性としては、画面サイズ、アスペクト比、輝度、コントラスト比、階調数、空間解像度(画角が一定なら画素数)、時間解像度(応答時間)などがあります。視覚限界に基づき、空間解像度、色再現範囲(色域)、階調などが決まります。それらの画質が高度であればあるほど、無意識に臨場感・実物感が得られます。言わば、脳が実物であると誤認するためです。

その一方、いつの時代でも情報の取得・記録・伝送の容量には制約があるため、視覚で認識できない情報は省かれます。視覚能力の限界ぎりぎりを見極めて情報量を節約することが、撮像、画像処理、圧縮・伝送、表示技術など画像電子工学の重要な一面と言えます。

電子ディスプレイの設計に関わる視覚とその感性は、以下のように説明できます。

 

   1.視覚とディスプレイ

眼球の水晶体(レンズ)は、3次元の光画像を2次元の光画像に変換して網膜に結像・投影します。網膜内の光感応は、視細胞の光受容体である色素タンパクが担います。色素分子は光を吸収すると、分子内の電子軌道が励起されて分子形状が変化し(光異性化)、化学反応(酸化・還元)を経由して、視神経細胞に電気信号を伝えます。光に感応する視細胞のうち桿体細胞(色素はロドプシン)は、可視光全般(380780nm、感度の中心波長は約507nm)を検出して、網膜の全域に数多く分布します。高感度で光の変化に素早く反応する性質もあります。虹彩で囲まれた瞳孔はカメラで言うと絞りに相当して、視細胞の光感度に基づき網膜に適した光量となるよう調整されます。

電子ディスプレイの空間解像度(近い線・点を2つと認識できる限界距離)は画素ピッチに相当して、視距離を設定した上で人間の目で知覚できる解像角(視力1.0で角度1分)に基づいて設計されます。空間解像度は視細胞の分散密度と一致すると考えられがちですが、大脳に繋がる視神経繊維の数が視細胞よりはるかに少ないことに加えて、網膜内の神経細胞の多層ネットワークや脳の視覚野(大脳皮質の後頭葉や連合野)での処理を経て画像として認識されるため、並列伝送のような単純な話では済みません。このような空間周波数の視覚限界により、テレビなどのディスプレイの画素数(=解像度×画面サイズ)が決定されています。視覚以上に細かい画素を作っても認識されないのだから、エンジニアリングとしては当然の設計思想です。テレビの世界では、高い臨場感・実物感を求めて、地上アナログテレビで用いられた標準テレビ(解像度:横720×縦480)から、ハイビジョン(2K 1920×1080)、4Kテレビ(3840×2160)、そして8Kスーパーハイビジョン(7680×4320)へと高解像度化が進展し、それに合わせてディスプレイの見込み角(視角)の拡大、すなわち大画面化(疲労なく見られる視距離のもと)が進展しています。なお、近年開発されつつある視覚限界を越える超高解像度ディスプレイについては、脳活動を含めた視覚の認識機構では未解明の部分が多く、感性に与える影響・評価は研究途上と言えます。

また時間解像度については、明滅する光に対する感応で決められています。すなわち、光の明滅を識別できる最小の時間間隔となります。通常、その下限は2030Hz程度と言われます。色素細胞の反応、神経伝達、脳内処理などに要する時間と考えられており、その周期は視覚の残像時間とも言えます。この周波数以上で、静止画の高速切替表示(動画情報の節約に有用)を行えば、ちらつき(フリッカ)を感じさせない連続した動きとして認識されます。これにより、テレビや映画など動画コンテンツにおける毎秒あたりの静止画数、すなわちフレーム周波数やコマ数が決定されます。静止画の連続提示による動画表示は、アニメーションの製作に活用されており、そのような効果は仮現運動と呼ばれます。

 

視覚特性に基づく様々な情報機器の創出

 

  2.色覚と色表現

色に関する視覚は、特に色覚と呼ばれており、奥深い学問領域です。色は波長などの絶対的な物理量でなく、3原色光の組み合わせから識別される人の意識と言えるかも知れません。光が同じ色に見えるからといって、波長スペクトルが一致するとは限りません。人の目は(加法の)3原色である赤・緑・赤だけのセンサに頼っているため、波長の弁別に限界があるためです。色覚については網膜の中心部に集中する3種類の錐体細胞(分子構造が異なりおおよそ3原色RGBに反応、ヨドプシン色素と呼ばれる)が、3原色光を個別に検出します。3つの錐体細胞を総合した感度は桿体に比べて低いため、暗くなると色が判別できずモノクロに見えてきます。

ディスプレイはこのような色覚に基づき、カラー表示機能が設計されています。電子ディスプレイを用いて色を表現するには、人に見える色の定量化・数値化が不可欠です。もちろん、色の見え方には属人性があることも知られています。通常、3種類の錐体細胞の視感度特性に応じた3刺激値曲線から、色覚範囲を示す色度図を定めます。それに基づき、電子ディスプレイの色設計でも3原色を用います。3原色の混色であらゆる色を表現し、光源が単一波長の純色であれば広い色域が確保され、実物に準じた忠実な色再現が可能となります。色度図としては、明度を考慮しないCIE1931xy色度図が代表的です。その他に、色度距離の均一性を感覚に応じて補正した均等色空間のuv’色度図もあります。色度は3つの独立変数に依存して、明度(明るさ)に加えて彩度(あざやかさ・濃さ)、色相(色合い)で表したL*a*b*表色系や、明度、彩度、色相を直感的に分かりやすいように3次元の極座標で表したマンセル色立体も使用されています。また、被写体を照らす照明光の色を白色として座標に据えます。その場合、昼光の1つの色温度である6500Kが用いられることが多いようです(CIE D65標準光源、その他にもD55が知られています)。色温度は光源温度に基づく黒体放射スペクトルを表して、人が違和感なく自然に感じることのできる照明の色合いです。例えば色温度3000Kであれば、白熱ランプの色合いとなります。

近年、ディスプレイの表色系の色域規格は、様々な画像情報サービスやデバイス技術(スペクトル幅の狭い光源・フィルター)の発展にともなって、sRGB規格(一般的な画像モニタ)から、Adobe RGB規格(主に印刷向け、深い青の表現範囲が広い)、NTSC規格(標準テレビなど、深い赤の範囲が広い)へ、さらには3原色をほぼ単一波長光(純色)で構成して色域を大幅に拡大したBT2020規格(スーパーハイビジョンなどの次世代映像システム)に進展して、拡大されてきています。これにより、現実に存在する色のほとんどが電子ディスプレイで再現できるようになります。

 

環境系

ケヤキ(青葉山キャンパス)

視覚で認識される形や色は、脳が作り出す意識!

 

  3.立体視

その一方、人の視覚では、両眼視差、運動視差、眼球の輻輳、水晶体の調節などにより、立体感すなわち奥行きを感じることができます。人は、両眼からの2次元画像情報と眼球の制御情報から奥行き情報を的確に検知して、立体視や空間認識を可能としています。立体視は、動物としての捕食・逃避行動などに有利であり、人が生物学的に進化してきた賜物と言えます。現在、両眼視差のみを使用した立体ディスプレイが実用化されていますが、疲労がなく自然な立体表示システムの開発が求められています。

 

  4.脳の高次処理と感性

人間の知覚・認識機構は複雑で、まだまだ解明されていないところが多く残されています。人の視覚では、膨大な神経ネットワークからなる脳の活動により、様々な画像情報の処理が無意識に行われています。例えば、エッジ強調/検出(マッハ効果)、明暗順応、色順応など低次の処理から、過去に取得した膨大な形状・色情報記憶との突き合わせまで、高次の画像処理が無意識に行われます。そのようなパターンマッチングのミスにより、錯視・錯覚、誘導などの不可解な視覚現象も誘発されます。人は成長の過程で様々な画像を記憶・蓄積して、無意識に認知に利用しています。注意・注目による物体の抽出/不覚も不思議な現象です。すなわち意識したものしか見えていないことなります。現実空間(本物)と人が認識する視空間は異なることも知られています。人が見るとはどういうことなのか、考えさせられます。本当に興味深い研究領域です。

 

ネムノキ

ネムノキ(青葉山キャンパス)

美しいと感じる芸術の感性も、未解明の高次機能

 

  5.表示技術の可能性

昨今、脳機能計測により認知機構と感性の解明が期待されています。例えば、高臨場感・実物感、無知覚情報(超高解像度など)の感性、快感(不快)が得られる機構などです。これまで使われていなかった、あるいは見いだされていなかったそれらの感性を利用すれば、新概念の表示技術を創出できる可能性もあります。

また、これまで視覚・聴覚の複合メディアが広く普及してきましたが、他の五感(触覚、嗅覚、味覚)も含む脳内のパターン認識機構(記憶との照合・判別)を活用できれば、より効率的な情報授受が可能になります。それにより、新しいメディアや表示技術の創出が期待されます。