有機材料の理解と理論

 

 

金属や金属酸化物など無機材料では、主に原子や原子間の結合で光・電子物性が誘起されるのに対して、炭素を中心とした分子骨格の有機材料は、個々の分子が多彩な機能を発現します。有機材料に限らず原子・分子などミクロな現象を理解するには、量子力学が有用です。マクロな物性を把握するためには、分子の集団として扱う熱力学・統計力学が役に立ちます。さらに、光と物質の相互作用など分極(電界)と光の挙動は、電磁気学により求めることができます。

無機物は原子が共有結合・イオン結合・金属結合などで強く結合しているのに対して、共有結合を基本とする有機分子は、水素結合やファンデルワールス力(分極揺らぎに伴う局所的なロンドン分散力など)という弱い相互作用で凝集しているため、融点が低く充填度も小さいのが特徴です。すなわち分子パッキングが劣り隙間が多く、隙間には電子雲(物質波の軌道)の裾野が拡がっています。

 

液晶写真トリミング

機能性有機材料としての液晶

 (液体で流動性はあるが、結晶のように分子が自発的に並ぶ)

 

さらに有機材料は炭素を中心とした軽い原子で合成されることが多く、軽量という利点もあります。そのため有機物は、柔らかくて軽量なため、ソフトマターもしくはソフトマテリアルとも総称されています。これまで無機結晶の固体物理のような厳密な理論体系が構築されていなかったため、定量的な取扱いが困難でした。しかし昨今、コンピュータにおいて膨大なデータを高速に処理することが可能になり、量子化学に基づく分子軌道法やX線回折による構造解析法が進展しています。さらに、流動性や運動性をもった有機材料についても粘弾性理論や熱力学・統計力学によるシミュレーションを駆使することで、揺らぎのある挙動が的確に再現できるようになりました。これらにより、昨今、用途に応じて新たな分子構造や機能を探求・開発する試みが活発化しています。

ソフトマターには、以下のような液晶、高分子、有機半導体・導体、色素、複合膜、ジェル、単分子膜などが含まれ、それぞれの分子構造に応じて多様な機能性を発現します。

 

(1)液晶

典型的な液晶の分子は、運動性が高い柔軟部と固い骨格部の双方を有して、細長い構造   をしています。言わば、分子の一部が固化する一方で、もう一方は融解しており、分子の熱運動により流動している液体の性質と、分子が整列した固体結晶の性質を併せ持ちます。個々の分子は激しく熱振動していますが、それらの向きを平均化すると、おおよそ秩序だった連続体として見なせます(デゥ・ジャンの連続体理論)。さらに、そこからの変位や回転には弾性力が働くため、弾性体として扱うことできます(粘弾性体)。この分子配向の自己組織化は、主にファンデルワールス力に基づくもので、棒状の液晶分子であれば、自発的に長軸方向に並びやすい性質があります。分子構造と配列の異方性に基づき、分極効果の大きさに方向依存性が生じるため、光学的な屈折率および電気的な誘電率に大きな異方性を示します。

 

液晶分子模型

典型的な液晶材料の分子構造(5CB

 

液晶における分子配列変化

 

液晶の見た目は白濁した液体ですが、偏光顕微鏡で見ると鉱物結晶のように鮮やかに発色します。液晶が微小な領域に分かれて配向が異なるドメインを形成するためです。このような液晶配向の安定化は、基板表面の配向高分子で行います。基板表面が液晶を拘束する力は、液晶分子の回転弾性定数(アンカリング強度)で表されて、それらにより生じる弾性エネルギーをアンカリングエネルギーと呼び、自由エネルギーの一部として計算します。

配向が制御された液晶層に直交する偏光成分が入射すると、両方向の屈折率が異なるため両偏光成分に位相差(リタデーション)が生じて偏光状態が変化します(複屈折伝搬)。

液晶分子を基板表面の配向規制力で均一に並べた上で、電圧をかけると誘電分極が生じて液晶分子の向きが変化します。この系の自由エネルギーはフランク弾性エネルギーと電磁界エネルギーの和として表現され、この自由エネルギーが最小になるように液晶の配向分布が決まります。この時、外部からの入射光は両偏光の位相差に変化が生じるため、電圧強度に応じて変調されることになります。それらはマクスウェル方程式から導かれるヘルムホルツ波動方程式に基づき、偏光の振幅・位相伝達行列(2×2ジョーンズベクトル法、反射光を含めた4×4マトリックス法など)により求められます。

このような液晶の物理的な流動性と光学特性を巧みに利用したのが、液晶ディスプレイと言えます。固体結晶にはないしなやかな自己組織化や自己修復作用を用いることで、大面積な分子配向が可能になり、これまでにない大画面ディスプレイパネルを実現できるようになりました。このような分子凝集の自己組織化メカニズムを探ることにより、さらに高度な機能開拓や応用展開も期待できます。

自己組織化を伴う液晶は、様々な分野に幅広く応用されており、身の回りにもたくさん存在します。これだけ多様で幅広い用途の機能性有機材料は他にはないかも知れません。

 

〇エレクトロニクス材料 ・・・分子配向が温度に依存するサーモトロピック液晶

      ・液晶ディスプレイ/電子ペーパー (電気光学特性)

       電圧可変の多様な光学素子

        (DVDのピックアップの位相補償、プロジェクタの光偏向素子など)

      ・温度で色が変わるフィルム・玩具(熱光学効果)

      ・有機半導体(配向性により電荷移動度向上)

〇構造材料(液晶性高分子)・・・ 分子配向に伴う機械強度の異方性化

         ・防弾チョッキ内のクッション繊維  

         ・橋げたに巻いて補強する人工布 

〇生体物質・・・溶解性に依存するリオトロピック液晶、分子の自己組織化を活用 

           ・コレステロールなどの脂質 

        ・細胞間を隔てる細胞膜の脂質二重層

〇化粧品・医薬品

       ・乳剤・化粧水・クリーム ・・・ 凝集(ミセル)によりエマルジョン化

       ・ドラッグデリバリー  例えば、コロナワクチンは脂質二重層の

                    泡(リポソーム)で細胞内に進入可能

 

(2)高分子

生活環境の構造物は、これまで高分子の出現により金属や金属酸化物(石、コンクリート、ガラスなど)から、合成樹脂(プラスチック、ゴムなど)に置き替わってきました。高分子を用いた場合、軽量・低温加工・量産性・低コストなど多くの利点が得られるためです。そして近年、高分子は光機能性材料としても大きく進展しました。分子鎖の熱運動が少なく構造的に安定な高分子は、分子構造が多様であるだけでなく、極性基や分散力に基づく凝集状態(高次構造)にも大きな自由度を有し、機械的な柔軟性とともに多彩な光・電子物性を呈します。そのため、用途に応じて高分子を加工すれば(薄膜化、パターン化、多層膜化、複合膜化など)、種々のデバイスに応用できます。

例えば、光通信分野ではプラスチック光ファイバ、記録分野では光ディスク、表示分野の液晶ディスプレイでは偏光板や光学補償フィルムが実用されています。さらに液晶ディスプレイでは、摩擦処理や紫外線の偏光照射により異方性化する高分子膜が、液晶分子の配向を制御するために使用されています。高分子構造の安定性により、ダイナミックな液晶配向を安定化にしており、巧みな高分子の応用例と言えます。また分子構造が安定で柔軟なプラスチック基板は、今後のフレキシブルディスプレイ用の部材として欠かせません。

こうした高分子の機能開拓は、有機分子の設計・合成化学、分子間相互作用に基づく熱力学、光・電場による分極・励起・吸収などの量子力学、光を制御する光学(ヘルムホルツ方程式による透過・屈折・反射解析)の分野を含み、広範な融合研究領域と言えます。それらの分野の概念・手法を駆使して、トータルで高分子の真の姿に迫っていきます。

また、波長程度もしくはそれ以下の微細構造による散乱や近接場光(エバネッセント光)を扱うデバイスの場合、マックスウェル電磁界方程式の離散的解法(FDTD法など)が威力を発揮します。ここでは適切なモデル設計に基づき、大規模な数値シミュレーションを行います。

 

(3)有機半導体

有機材料は、電子デバイス分野でも注目されています。低分子・高分子に限らず有機分子の設計では、分子を構成する各原子の波動関数(シュレディンガー方程式)を求めて、それらの線形結合により分子全体の電子軌道法を算出するのが一般的です(分子軌道法)。また、有機半導体の凝集(パッキング)状態は、分子の永久双極子に基づくクーロン力や、電子軌道の時間揺らぎに基づくロンドン分散力などに基づき決まります。この場合、π電子共役構造を拡大するとともにπ軌道のオーバーラップを大きくすることにより、多くの電子(もしくは電子が抜けた正孔)が動ける状態を作り出せれば、その有機材料は電気的な絶縁体から半導体へ、さらに導体に変貌します。さらに半導体として電荷の移動度を高めるには、結晶粒界などによる障壁準位や電荷トラップが生じないように、大きなπ電子軌道が秩序だって重なる単結晶が自己組織化的に得られる分子設計を行う必要があります。

このような設計により得られる有機半導体を用いて、電界効果トランジスタを構成すれば、フレキシブルな電子回路を、既存の大規模真空成膜工程を用いることなく、溶媒を用いた低温・室温の印刷工程で作製できます。そうなると省エネ化・省資源化により、低環境負荷の新しいエレクトロニクスが構築される可能性があります。そのため、フレキシブルエレクトロニクスが描く情報化社会は、環境への適応性が高く人にも優しいものなると期待されています。

また有機半導体では、分子内の電子軌道の励起や分子構造の振動・共鳴に即した光物性を発現するため、分子軌道法により発光や光吸収の現象を的確に理解できます。今後、電子機能性だけでなく、光機能性も絡めた分子設計が可能になってくると思われます。

 

C8BTBT分子模型

環境安定性に優れた有機半導体の分子構造例(C8-BTBT

 

(4)複合構造とジェル

複数の有機材料を分子レベルで混合した場合であっても、分子量の高低・熱運動の大小・極性の有無などにより、再分離することができます(ヘルムホルツ自由エネルギーの最小化)。この自己組織化現象は、相分離と呼ばれます。この場合、両材料の機能を同時に確保できるなどの利点があります(いいとこ取りもしくは平均化)。

さらに微細な複合構造により、新しい機能を開拓する試みも注目されます。例えば、分子量が異なる2つの高分子を相分離させた複合膜、低分子の液晶(分子配向性)と高分子が相分離した複合膜などがあり、それらの構造では界面効果を含めて両材料の分子が相互作用を起こすため、複雑な光・電子・機械的性質を示します(機能の創出)。

また低分子の液体を、化学架橋もしくは物理架橋に基づく高分子の網で包含することで、自立性のジェル構造を形成できます。

それらの機能を光学的・電気的・機械的な立場から探求する必要があり、ソフトマター工学という宝探しは始まったばかりと言ってもよいでしょう。

 

このように有機材料の分子構造と凝集構造はバライエティに富んでおり、物性・機能の自由度・適応性は極めて大きいと言えます。本研究室では、有機材料における特性の制御性・適応性、機械的柔軟性、自己組織化などの機能を活用しながら、高分子、液晶、有機半導体、色素、複合膜、ジェルなどを光・電子デバイスに応用する取り組みを進めています。これにより、有機材料技術を情報化社会に役立てていきます。