MPD(Magneto Plasma Dynamic)スラスタ

A6TB2004  安久津 誠

 

原理

MPD(Magneto Plasma Dynamic)は電磁プラズマ加速という意味である。

MPDスラスタは、外周側に陽極、中心に陰極があり、電気は周囲から陰極に向かって流れ込む。強い電磁力を発生させるためには必然的にkAオーダの大電力が必要となる。陰極に集まって左方向に流れる強大な電流によって図1のような磁界を発生する。大電力のアーク放電によって推進剤ガスを加熱、電離し、プラズマを生成する。電流と磁界の干渉により生成プラズマにローレンツ力が加わる。力の方向は、電流の傾きにより、力の方向も斜め中心に向かう方向となる。その軸方向分力をブローイング成分、中心方向分力をポンピング成分と呼ぶ。このブローイングの力により、ガスは右方向に加速される。ただし、放電電流が小さく推進剤流量が大きい場合は気体力学的な加速も無視できず、アークジェットスラスタと同様にラバーノズルのような末広がりのノズルを備えた構造が用いられることが多い。

     

1 MPDスラスタの電磁ガス力学モデル

 

MPDスラスタの推進剤には、推進性能がよく、液体貯蔵が可能な希ガス(キセノン、アルゴンなど)、水素、アンモニア、ヒドラジンなど気体がよく用いられる。

MPD推進の作動は、定常型と準定常型(パルス)があるが、宇宙における電力事情から、パルス型、すなわち1(ms)程度の放電(この間、電圧と電流はほぼ一定)を数Hz程度の周波数で繰り返す作動が有望である。放電電流10(kA)、放電電圧100(V)のとき1(Hz)で動作させれば、時間平均電気入力は1(kW)となり、現状の高電圧太陽電池パネルによる直接駆動が可能となる。また、パルス型では大電流放電にもかかわらずスラスタ本体の水冷が必要なくなるメリットがある。

MPDスラスタはアークジェットスラスタとイオンスラスタの中間性能をもち、その比推力は10005000(sec)程度で、推進効率は1040%程度である。

2 MPDスラスタの作動写真

3 MPDスラスタの概観

利点

@     比推力の高い

ロケット推進の燃費を意味する比推力は通常の化学推進の210倍またはそれ以上であり、結局は同じ宇宙ミッションであるなら時間はかかるが推進剤の大きな節約になる。

A     エネルギーが得やすい

   太陽電池により宇宙において電力が得られるため、地表からエネルギー源を運ぶ化学ロケットに比べ、有利である。

B     推進剤消費が少ない

 1995年に打ち上げられた質量が4(t)SFU(Space Flyer Unit)程度の大型衛星を、従来の化学推進であるヒドラジンスラスタ(比推力約200(sec))の推力80(N)で加速するとして、推進剤の消費によって自身が軽くなることを考慮して簡単な加速度計算を行うと表1を得る。この場合およそ1日も噴射していれば4.28(km/s)の速度に達するがそのときは3527(kg)つまり初期重量のほとんどを推進剤として使い果たしている。これを3(kW)の電気推進(比推力約3000(sec)、推力約120(mN))で加速すると、1日後の時点ではわずか2.6(m/s)の速度にすぎないが、もし加速を4.21年間続ければ化学推進と同じ速度4.28(km/s)542(kg)の推進剤消費で到達する。このように電気推進はきわめて時間がかかるが推進剤消費が化学推進の何分の1ですむ。

1 4(t)の宇宙船を化学推進と電気推進で加速

C     宇宙環境に優しい

   電気推進は化学推進と比べて推進剤消費が少ないので、宇宙空間に放出される推進剤の蓄積量が少なくなり、宇宙環境という観点から考えても優れている。

欠点

@     推力が小さい

  宇宙で得られる現状の電力レベルが1(kW)程度であることを考慮すると、電気推進は化学推進と比べてきわめて低推力のロケット推進であり、打ち上げ用や月・惑星とのランデブーのように瞬発力を要請される場面には不向きである。

A     信頼度が低い

電気推進は化学推進と比べ、開発中のものが多く、搭載実績が少ないので、信頼度がまだ小さい。

応用例

     1981年、すでにいくつかの弾道飛行による作動試験を経たアンモニアMPDスラスタが宇宙科学研究所によってMS-T4「たんせい」人工衛星に搭載されスピンレート変更の宇宙実験を行った。

     1983年、宇宙科学研究所とNASA共同によるSpacelab-1SEPAC(Space Experiment of Particle Accelerators)実験でアルゴンMPDスラスタが電子ビーム中和用のプラズマ源として宇宙実験された。

     1995年、宇宙科学研究所、宇宙開発事業団、無人宇宙実験システム研究開発機構の共同プロジェクトであった再使用型人工衛星であるSFU(Space Flyer Unit)にヒドラジンMPDスラスタが搭載され、軌道上で電気推進システムとして宇宙実証実験が成功裏に行われた。この実験で使用されたMPDアークジェットはパルス型で、6(kA)のアーク放電によって推進剤をプラズマ状態にし、その磁場によって生ずるローレンツ力でプラズマを加速噴射する。軌道上ではSFU(Space Flyer Unit)から日照時で最大430(W)の電力供給を受け、約150(μsec)のパルス状放電を0.51.8(Hz)で繰り返す。発生推力は1パルス当たりのインパルスとして約3.6(mNsec)である。

4 EPEXシステムのブロック図

5 EPEXの搭載状況

将来計画

実現可能な電力レベル数10(kW)クラスのスラスタの開発研究が行われている。

MPDスラスタは大電力を必要とするため現在のところはまだ実用化が先になりそうであるが、最近はこれまでの基礎的な研究とともに、近い将来のミッションとして大規模な軌道間輸送、有人惑星探査などMPDスラスタでなくては実現できないミッションのために、電力レベルが数10(kW)クラスのスラスタ、小型軽量のパルス型スラスタシステムの開発、定常型スラスタの耐久性の向上を進めている。

 NASAではSEI(Space Exploration Initiative)プログラムの一環としてNASA-GRCJPLの協力で行ってきたMWクラスのMPDスラスタはその後、ロシアのモスクワ航空研究所の100(kW)定常型MPDスラスタの研究開発をJPLとプリンストン大学が引き継いでいる。NASA-GRC0.11(MW)の連続定常、110(MW)のパルス作動MPDの基礎開発を始めたところである。NASAでは将来の宇宙用原子炉発電を想定した研究も始まっている。

6 200(kW)MPDスラスタ

語句補足

     アーク放電低い気圧の気体の中、または大気中の電極に強い電流がながれるとき、2つの電極の間に発生する連続的な放電のひとつ。強い光と熱をだす。アーク(円弧)が発生する原理は、電極の間の気体分子や原子が強い電流によって大量にイオン化され、プラズマを発生する。プラズマを導体として電流がながれ、気体分子を励起することで熱と光が発生する。放電はおもに負の電極から正の電極に電子が移動することでおきるが、正のイオンが反対の方向に移動することでおきる場合もある。イオンの衝撃で電極はかなりの熱がでるが、正の電極のほうが熱をもつ。この理由は正の電極に衝突する電子のほうが大きなエネルギーをもっているからで、通常の大気圧でおきるアークでは、正の電極の温度は3500°C以上にも達する。アークのはげしい熱は、溶解処理しにくい材料をとかすための特殊な溶解炉によく利用されている。

     比推力:推進剤流量に対する推力の大きさでロケットエンジンの最も重要な性能。定義は「推力/(推進剤流量・重力加速度)」で、単位は(sec)。ノズルの適正膨張を仮定すれば、「排気速度を重力加速度で割った物」という物理的な意味を持つ。また、単位重量の推進剤で単位推力を発生させ続けられる秒数とも解釈出来る。

     推進効率:電気推進機に投入した電力がどれだけ推力発生の運動エネルギーに変換  されたかを表すもの。

     推力密度:噴射口単位面積あたりの推力。

     ヒドラジン:無機化合物の一種で、示性式が H2NNH2 と表される強塩基。アンモニアに似た刺激臭を持つ無色の液体で、空気に触れると白煙を生じる。水に易溶。強い還元性を持ち、分解しやすい。引火性があり、ロケットや航空機の燃料として用いられる。常温での保存が可能であるため、ロシアなどのミサイルの燃料、人工衛星や宇宙探査機の姿勢制御用の燃料としても使われている。

参考文献・サイト

     栗木恭一、荒川義博 「電気推進ロケット入門」 東京大学出版会

     中村佳朗、鈴木弘一 「ロケットエンジン」 森北出版株式会社

     宇宙航空研究開発機構(JAXA)  http://www.jaxa.jp/

     アメリカ航空宇宙(NASA) http://www.nasa.gov/externalflash/nasa_gen/index.html

     フリー百科事典「ウィキペディア」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%82%B8