DCアークジェットスラスタ

A6TB2004  安久津 誠

 

原理

DC Direct Current(直流)を表す。DCアークジェットスラスタは、文字通りアーク放電現象を利用したスラスタである。

DCアークジェットは、直流(DC)陰極、陽極、ノズルおよびインシュレータより構成される。左側から送り込まれた推進ガスは数kVの高電圧のパルス放電により一部が電離する。この電離により生じた荷電粒子が導電率を高め、一層放電が起きやすい状態になる。ついで、数百Vの直流アーク放電による定常モードに切り替えられ、推進ガスはジュール加熱(アーク加熱)により熱せられるとともに、分子振動励起、解離、電離が進行する。生成された高エンタルピー気体はノズルを通って膨張する。このときジュール加熱により推進ガスが得た熱エネルギーは運動エネルギーに変換されて加熱を受け、ノズル出口において高速流となる。この加速されたガスが推力を発生する。ノズルの噴出速度をv、質量流量をmとすると、推力Fは、F = mvとなる。ガスの温度は、一次元のナビア・ストークス式を用いた数値計算では、60008000(K)にもなってしまう。このような高温ガスより、陰極、コンストリクタおよびノズルは境界層を通じて、また放射により高い電熱を受ける。陰極および陽極表面は、このほかにアークのコンタクトポイントで電力により直接加速される。

1 DCアークジェットスラスタ

電極はこのように、通常、非常に高温になるので、タングステンか、12%のトリウムを含むタングステン合金が使われる。このタングステン合金は、3000(K)までの使用が可能である。陽極、陰極間のインシュレータとしては窒化ホウ素が、フランジ間のシールにはカーボンのシールが使われることが多い。

アーク放電は、両電極間の電流が増し、陰極からの電子放出が熱電子放電に変化した際に得られる。電流密度が高く、放電維持電圧の低い電圧である。アーク(陽光注)は陰極と陽極の間に形成され、磁界により圧縮されて柱状になるが、本来は不安定で、その制御が難しい。この不安定現象を避けるため、アークのまわりに金属壁があると変形を弱める効果を利用して安定化にしている。経験的に、コンストリクタを伸ばし、陰極を中心の柱に、陽極をアニュラ型に配置した形状がアークも安定し、性能が改善されることがわかった。ここで、陽極のアークの付着点であるが、アークが十分伸びて陽極の交流側に付着する高電圧モードと、陽極の前方に付着する低電圧モードとがある。高電圧モードがアークも安定し、高性能である。コンストリクタ上流側の圧力を上げると、高電圧モードになりやすい。

2 高電圧モード()、低電圧モード()

低電圧モードでの作動は、 @推力ベクトルがスラスタの機械軸からはずれる、A電極の一点に熱入力が集中するため電極が痛みやすい、B比推力が低い、などの理由から好ましくない。 低電圧モードで始まった作動は、推進剤供給系が放電開始による放電圧力の変化に追随して、一定流量の推進剤を供給すべく放電室圧力を上昇させていくと、いずれかの時点で安定な作動モードに移行する。このモードでは放電の陽極付着部がコンストリクタ出口より下流の比較的広い領域に付着するので、安定でかつ推力の機械軸からのずれも小さくかつ高推進性能が得られる。このモードを「高電圧モード」と呼ぶ。 推進剤を出来るだけ節約するという点からも、スラスタの寿命を長くするという点からも、始動後できるだけ速やかにモード遷移することが望まれる。

 

 

 

 

 

 

 

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DCアークジェットの作動写真

アークジェットスラスタの推進剤としてヒドラジンが用いられることが一般的である。ヒドラジンはアーク加熱を受ける前に触媒により次の2段階反応を起こさせる。

(1)100%起こるが、(2)の反応の割合により、分解ガスには水素、窒素、アンモニアが含まれる(だいたい(2)の反応が80%くらいになるよう触媒を選ばれる)(2)の反応は熱分解反応であるから、アーク加熱部でさらにアンモニアは熱分解される。したがって、ノズル出口では窒素、水素およびその原子、イオンならびに電子が出てきておりアンモニアがなくなっている。

利点

     電気推進の中では、DCアークジェットは比較的高い推力を持つ。

     他の電気推進(MPDスラスタ、イオンスラスタ、ホールスラスタ等)と比較して、低電圧であり、また、比較的単純な構造であるため軽量である。

     同じ電熱加速型のレジストエンジンと比べて、ガスが高温となるため、高性能である。

     これまでに衛星の軌道制御用として多くの採用例があり、信頼性が高い。

     ヒドラジンを推進剤として用いることできるので、ほかの推進システムと推進剤を共有することができる。

 

欠点

     DCアークジェットの比推力が5001000(sec)であるのに対して、他の電気推進(MPDスラスタ、イオンスラスタ、ホールスラスタ等)の比推力が20005000(sec)であるため、比推力が低い。

     DCアークジェットの国産品の実用化された例がない。

     DCアークジェットはシステムの低電力化が難しい。

 

応用例

     1987年、ロシアでShadowと呼ばれるコスモス衛星を使って1.5(kW)のセシウムアークジェットの宇宙実験が行われた。

     1994年、Martin Marietta社の通信衛星Telstar-401がヒドラジンを推進剤とする4台の1.8(kW)のアークジェットを南北制御用として搭載して打ち上げられた。比推力502(sec)1台あたりの発生推力は0.25(N)であった。このシリーズのアークジェットは1台あたりのシステム重量がハーネスも含めて5.5(kg)と軽量で一気に実用化も進み、1995年には24機の衛星がこのアークジェットを搭載していた。

     1997年、アメリカで電気推進の宇宙実験であるARGOSによってESEX実験が行われた。ここでは26(kW)のアンモニアアークジェットが15分ずつ10サイクルの作動で試験された。電源にはバッテリーが利用された。

     2002年、宇宙開発事業団がH-UAロケットによりデータ中継技術衛星こだま(DRTS)を打ち上げた。軌道上場での質量は1.4(t)、発生電力は2100(W)以上の予定で設計寿命は7年である。この静止衛星の特徴は推進系に二液式アポジーエンジン、アークジェットおよび触媒式ヒドラジンスラスタによる統合型推進系を採用していることである。ヒドラジン推進剤を共用することで共通の推進剤タンクを利用できる。アークジェットは、米国PRIMEX社がすでにTelstar-4に搭載したものの改良型で、衛星機体の北東と北西の角にそれぞれ2台ずつ搭載し、南北制御ではそれぞれ北東と北西の1台ずつを噴射する。アークジェットの比推力は407502(sec)、消費電力は1台あたり最大1.866(kW)で、発生推力は208265(mN)である。スラスタOn/Offサイクルは1170サイクル、累積作動時間は950時間とされている。

4 DRTSこだま推進系の射場作業支援

 

 

 

 

 

 

 

 

将来計画

 DCアークジェットスラスタは、これまで衛星の軌道修正用として、システム重量の減少やコストの削減を目的として採用されてきた。現在、NASAのルイス研究センターなどで、12(kW)程度の低消費電力を実現するものや、逆に100(kW)程度の消費電力で高推力のDCアークジェットスラスタが研究されている。

refer to [D] description

5 1.8(kW)DCアークジェット

語句補足

     エンタルピー:エンタルピーは、熱力学における示量性状態量のひとつである。

  エンタルピーHは次式で定義される。H = U + PV (U:内部エネルギー、P:圧力、V:体積)

     ナビア・ストークス式:ナビア・ストークス式は、粘性流体を表す式で、次式で定義される。

     比推力:推進剤流量に対する推力の大きさでロケットエンジンの最も重要な性能。定義は「推力/(推進剤流量・重力加速度)」で、単位は(sec)。ノズルの適正膨張を仮定すれば、「排気速度を重力加速度で割った物」という物理的な意味を持つ。また、単位重量の推進剤で単位推力を発生させ続けられる秒数とも解釈出来る。

参考文献・サイト

     栗木恭一、荒川義博 「電気推進ロケット入門」 東京大学出版会

     中村佳朗、鈴木弘一 「ロケットエンジン」 森北出版株式会社

     宇宙航空研究開発機構(JAXA)  http://www.jaxa.jp/

     アメリカ航空宇宙(NASA) http://www.nasa.gov/externalflash/nasa_gen/index.html

     フリー百科事典「ウィキペディア」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%82%B8

     DC Arcjet http://www.ep.isas.jaxa.jp/dcarc/