放射線に関するリスク理解の深化と災害時対応および廃棄物に関する基礎研究
新堀雄一(工学研究科)、田村裕和(理学研究科)、細井義夫(医学系研究科)
① 放射線の人体への影響に関して,何がどこまでわかっていて,分からない点はどこにあるでしょうか。
放射線の人体の影響といっても極めて多様ですので,ここでは発がんリスクに関して述べます。
「放射線による発がんリスク」は,主に広島・長崎の原爆被爆者の調査から推定されています。しかし,原爆被爆者の疫学調査の標本サイズは,死亡率で50,113人,発症率で37,270人であり,この調査規模では100 mSv(ミリシーベルト)以下の低い被曝量の発がんリスクを評価する事は困難です。
放射線の影響は,線量率(Sv/h)と線量(Sv)の高さに依存し,一般に線量率が高いほど影響は大きくなります。広島原爆の核分裂は約2×10-6秒で終了したと推定されています。広島原爆で1 Gy(グレイ,吸収線量)を被ばくしたとすると線量率は3×107 Gy/分と超高線量率になります。癌の放射線治療や一般的な放射線生物学の実験での線量率は1Gy/分 程度で,原爆のような超高線量率で実験することは不可能です。
このため,国際放射線防護委員会(ICRP)では,高線量・高線量率放射線による影響と比較した低線量・低線量率による放射線影響の低減率を線量・線量率効果係数(dose and dose-rate effective factor: DDREF)と呼び,2としています。DDREFが2ということは,低線量・低線量率の場合には,高線量・高線量率に比べ発がんのリスクが1/2になるということを意味します。ICRPでは100 mSv以下では放射線の影響が1/2になるとして,高線量・高線量率の影響を1/2にして外挿し,低線量・低線量率での放射線の影響を評価しています。
近年,500 mGy (mSv)以下の低線量や特定の低線量率において放射線高感受性の線量域が存在することが報告されていて,low dose-hyper radiosensivity(HRS)や逆線量率効果と呼ばれています。これらの現象は多くの放射線の生物影響で観察されていますが,発がんリスクに関しては大規模な疫学調査が困難なため証明されておらず,低線量での発がんリスクの推定には考慮されていません。
ICRPは,放射線防護のために放射線の影響をやや過大に評価しています。その評価が大きくはずれている可能性は低いと考えられますが,100 mSv以下での正確な発がんリスクはまだ正確に評価できていません。
質問:金井 浩(東北大学大学院工学研究科教授)
回答:新堀雄一(東北大学大学院工学研究科 教授)
細井義夫(東北大学大学院医学系研究科 教授)
田村裕和(東北大学大学院理学研究科 教授)
監修:細谷雄三(東北大学名誉教授)
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② いま,福島第一原発で溜まった汚染水の海中放散が問題になっています。風評被害は別として,海中放散は科学的に問題ないのでしょうか?
ここでの汚染水とは,多核種除去装置を経ても残るトリチウムを含んでいる水のことを指していると解釈することにします。トリチウムは,水素の同位体であり,宇宙線により窒素および酸素からも年間約7万TBq(テラベクレル,7×1016 Bq)生成され,自然界にも存在します。崩壊時にはβ線(半減期12.3年)を出し,その最大飛程は空気中で5 mm, 水中6 μmになります。トリチウムは,水と同じ分子構造によって存在し,体内でも水と同様の動きをするため,特定の臓器に蓄積することはありません。海洋放出の場合,トリチウムはβ線を放出することから,内部被ばくに注意を払う必要があり,その排水中の上限値(3ヶ月の平均60,000 Bq/L)が定められています。
福島第一原子力発電所では,トリチウム水が2019年現在,約115万トン保管され,そのトリチウムの総量は,Bqで表すと1015 Bq (1,000 テラ(兆)ベクレル)になります。この値からトリチウムの半減期,トリチウム水の分子量およびアボガドロ数(6.02×1023)を用いて,福島第一に保管しているトリチウム水の質量を求めると約20 gになります。さらに,濃度をBq/Lを用いて表しますと,1015 Bq/115万トン= 109 Bq/トンであり,106 Bq/Lという濃度となります。
前述のように,トリチウム水の日本の排水の濃度上限値は3か月の平均値として前述の60,000 Bq/Lであることから,福島第一で保管している汚染水は,濃度上限値の約17倍の値の濃度を有していることとなります。したがって,濃度上限値以下になるように,希釈すること,また,その確認を行うことが,海洋放出の前提になります。
そもそも濃度上限値はどのような根拠に決められているかについて説明します。トリチウムの線量換算値は,経口および吸引ともに1.8×10-8 mSv/Bqとなり,60,000 Bq/L × 1.8×10-8 mSv/Bq = 10-3 mSv/L となります。人は成人の場合,日に2.6 L程度の水を,直接および食事を通して摂取しますので,年間にすれば1000 L弱の水を摂取することとなり,60,000 Bq/Lの水を1年間摂取続けても,線量にすれば1 mSv/y 以下となります。逆に言えば,濃度上限値は1 mSv/y以下にすることを基準に設定されています。
なお,1 mSv/yについては,公衆の年間被ばく線量を1ミリシーベルトとするICRP(国際放射線防護委員会)の勧告に基づいております。この1mSv/yという線量は,公共交通機関などによる他の公衆のリスクとの対比から許容できるものとされ,①にあるように,低線量の影響は厳密には分かりませんが,発がん等の症例の原因として特定ができないレベルとなります。なお,自然界からの受ける線量は世界平均で2.4 mSv/yであり,その値より1 mSv/yは低いことも参考になると思います。
以上,やや複雑な説明で恐縮ですが,トリチウムを含む水の海洋放出は,放出前の濃度上限値以下への希釈およびその確認を経ることを前提にすれば,科学的な問題があるとは考えられません。
質問:金井 浩(東北大学大学院工学研究科教授)
回答:新堀雄一(東北大学大学院工学研究科 教授)
細井義夫(東北大学大学院医学系研究科 教授)
田村裕和(東北大学大学院理学研究科 教授)
監修:細谷雄三(東北大学名誉教授)
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