「大学における教育の目指すもの:社会における価値創造に必要な能力」
大学での勉学の目的は,一言でいうならば,“確立された知識を,活用可能な形で修得し,卒業・修了して社会に出た時に「新しい価値創造ができる準備をする」ことにある”ということができます。これは高校までの勉学が,記憶中心で実質的に大学入試に合格するためにあったということとは,まったく異なります。
数学を例にとって,学問の積み上げの重要性を説明します。小学校で数の概念を習って加減乗除ができるようになり,中学校で習った数学を基礎に高校3年間で難しい内容を修得します。さらに大学1年・2年では,理科系であれば,基礎科目の数学として,フーリエ変換,数理統計学,解析学,代数などを勉強します。その目的は,様々な自然現象・生命現象・社会現象の解析と記述に必要な「ツール」を習得するためということができます。さらに,2年生の後半から3年生の各学部学科の専門科目では,それらの数学を基盤にして多くの専門科目を習います。これらの多くの数学の勉強が何を目指しているかと言えば,自然現象・生命現象・社会現象を観察し,真理の探究によって,現象のモデル化し,自然や生命・社会の中で,どういう現象がどうして起きているのかを究め,さらにそれらの成果を社会へ応用し「豊かな社会創造する」ためです。ホームページを検索して誰かが作った公式やモデルを単に使うことだけではなく,自分が高度な数学を駆使して,様々な自然現象・生命現象・社会現象にある真理の探究を行うことが期待されている訳です。しかも,学部や大学院修士課程の学問レベルで登ることができる「山」は,世界的に見ると既に登り尽くされたかもしれません。さらに,高い,誰も登っていない山に登るには,深い専門知識や広い見識が必要となります。
人間にとって最も高貴な活動は「新しい価値を創造」と言われています。自然や生体・社会現象の新しい摂理の発見・発明だけでなく,いかなる仕事や生き方においてもそこに内在する価値を見出して,それを膨らませることも「価値創造」となります。大学を卒業・修了して社会に出てから,この新しい価値創造を目指すために必要な能力を5つに分けてみました(図参照)。
図の能力①②は,先程の基礎科目の数学・物理・化学と,専門科目です。これらのポイントは,これらの基礎・基盤科目を体系的に十分理解し,活用可能な形で修得することです。ご自分の一生の武器になるでしょう。
ところで,社会の抱える大きな課題は, 少子高齢化,膨大な医療費削減,環境・エネルギー対応,グローバル社会でのものづくり復活,豊かな持続可能社会の構築などに括られると思いますが,それらの中から,自分が取り組む課題,「正解を生み出すべき課題」を選択する必要があります。それが,能力⑤:価値創造力です。その際,その課題が,グローバルにはどう考えられているか,多様性を理解する必要があり,そのため,語学能力④が必要となると言えます。
こうして「自分はこの課題を解決しよう」と決めたら,それに対し,能力①②で身に付いた専門知識の中から,その課題解決に必要であろうツールを選択し,試行錯誤を行います。その際に重要なのは,最後まで,根気よく努力する気概と情熱です。これが課題解決能力③と言えます。 語学能力④を活用し,人と議論する。さらに人とは異なった考えを持ち,(他の人が右と言ったら,自分も右と思っても敢えて「左」と言うくらいに)人とは同じことはしない個性・ユニークさも必要です。根気よく努力するためには,誰かに言われて行うのではなく,自分の考えで進めるという主体性・自主性も重要です。
こうした努力の末に,膨大な失敗の中から,その課題が解決され新しい価値を作ることができるでしょう。それがご自身の感動と細やかな自信に繋がり,それがまた次のより困難な課題への挑戦を行う気概と情熱にもなると期待できます。そうやって,次第に大きな自信をつかみ豊かな人生を歩んで行ってほしいと思います。この課題解決能力③は,謂わば,より高い山に登るツールであり,登攀可能な山の高さは専門科目の理解の広さ・深さで決まる訳です。
さきほどの価値創造力⑤は,どの山に登るかを的確に選択する力と言えます。この能力を身に付けるため何を勉強すればよいかは,教養科目があると思いますが,いまだ明確ではありません。
図.社会における価値創造に必要な能力の説明図
「博士課程に進学する意義」
優れた次世代,特に「博士を育成すること」は,唯一審査権の与えられている大学での,教育・研究両面はもちろん,解決困難な社会課題が多い現代における「生命線」と言える。しかし昨今,博士充足率は低く,特に,内部学部学生の博士進学率が低い(旧帝大系工学部 平成25年頃に数%)。そこで,対策を幾重にも講じ,中長期的に取り組むことを目指すことが望ましい。そのためまずは,図を用いて,博士課程に進学する意義を考えてみる。
本来,社会が博士課程に期待しているのは,「まだ誰も見たことのない(社会的)価値を創造できる能力と人格を習得する場」を大学が作ることにある。しかし,その形成の確たる方法はまだ見出されてはおらず,これは人類にとって永遠の課題とも言える。この課題のためには,充実した教育課程,万全の研究指導体制や設備,長年にわたり築かれたブランドに甘んじることなく,①教員自身と大学組織が,博士育成という「大学の使命・あるべき姿を,常に希求すること」が必要であり,結果的に,自らの謙虚で貴い姿勢が,学生や社会から尊敬を集めるべきであろう。
この状況で「博士充足率の向上」も長年にわたる課題であり,多くの先人が努力を続けてきたが,確実な効果を挙げているとは言えない。数合わせのための,学生の人気取りの進学増の方策は,進学率の一時的向上の必要条件の一部とはなり得るが,こうした方策の連続だけでは,「理想を追い求め続ける」という大学の本来の使命を全うすることは難しい。少子化の中,「優れた博士育成」と「博士充足率向上」の方策は,一時期,方向を異とする結果を生じる可能性もあろうが,大学は社会が必要とする博士育成の「根本策」を追究する強い覚悟が必要となる。
これらの課題のため,学生にとって最も大切なことは, ②「研究の面白さ・創造的仕事の貴さ」を体験し深く理解すること にあり,大学と社会はその様々な場を用意する必要がある。
その場のうち,大学においては,学生にとっては“「研究の面白さ」が理解できる基礎知識や努力を継続する力”が,博士進学後の将来の様々な不安に勝る必要がある。言い換えれば,博士に進学する学生には, ③活用可能な専門知識(課題解決能力), ④教養(課題発見能力の源)を修得できるという自信と, ⑤進取の気性とビジョン が必要となる。
一方,大学組織にとって大切なことは, ⑥学問の俎上で「若者の自由な発想に期待し,(時間的制約を緩くして)本質に根差す研究指導環境を用意すること」 にある。
さらに, ⑦創造的仕事の貴さ・博士号取得の意義, ⑧経済的支援, ⑨博士号取得後のキャリアパスを,教員が説得力をもって説明することと, ⑩ネガティブ要素の払拭 も必要となる。
これらを参考にして,学生の各段階に関する方策を考える必要がある。
図.優れた博士育成と博士充足率向上の方策
日本の未来の農業生産と農業・農村インフラを創造するグランドデザイン作り
~東北から試行する心豊かな地方創生~
解決しようとする社会課題の概略:
農村地域の人々の域外流出による担い手減少,食料自給率の低迷,農業の国際競争力低迷など地方で加速しつつあるこれらの問題は,かつてない深刻な状況にある。都市地域との格差拡大は,文明の進化と共に起きる問題として,世界がその解決を注視する重要な歴史的課題でもある。本プロジェクトは,農業環境を将来にわたり創発的に維持していくため,以下の①~④の解決方途を探る(下図)。
里山のある田園風景にみる「豊かさ」と,地方の自然の厳しさが育んだ「文化」を継承し,
①「人間の本来性への問い」を本源におき,「ここで生きていきたい」と思える「環境価値」の発見と創出を目指す。
①からバックキャストし,農業生産と農業・農村インフラの観点から,②生物多様性と自然共生に根差した,持続性ある「環境作り」の実践シナリオを開発する。
古くからの「②の自然共生の農業」は,戦後目指してきた「③国際競争力のための農業の生産性向上」と一般的にトレードオフ関係にあると理解されがちであるが,④学内外の農業・農村インフラに関わる「技術シーズ」を活用し,両者の(単なる並列的な意味でなく総合的な意味での)「包括的な両立」を目指す。
この高い理想実現のため,多様なステークホルダーとの「議論の場」を形成し「日本の未来の農業生産と農業・農村インフラを創造するグランドデザイン」作りを目指す。何よりもそのシナリオを実践的に開発することで,地方固有の自然と歴史に基づく魅力を継続的に発信しつつ社会変革を先導し,心豊かな「地方創生」に繋げる。まず地元の利を活かし東北地方で解決方途を探り,全国の他の「地方」への展開を展望する。
さきほどの価値創造力⑤は,どの山に登るかを的確に選択する力と言えます。この能力を身に付けるため何を勉強すればよいかは,教養科目があると思いますが,いまだ明確ではありません。
図.日本の未来の農業生産と農業・農村インフラを創造するグランドデザイン作り(原案 冨永佳代)