①高度経済成長期に造られた多くのインフラが寿命を迎えています。この現状,あるいは今後の推移によって,将来,どういう状況が起きうるか,一般の方々が身近な問題と想像できるように説明して頂きたい。
東海道新幹線(1964年)や東名高速道路(1969年),黒部ダム(1963年)など,今日の私たちの暮らしの根幹を支えているインフラの多くは,1960~70年代の高度経済成長期を中心に急速に整備されました。現在では,70万を超える道路橋,1万を超えるトンネル,5000を超える港湾施設,延長40万kmを超える上下水道など,非常に多くのインフラストックを保有するに至りました。その結果,安全で豊かな国民生活が保障され,活力ある経済活動を通じて,世界からも注目されるような経済大国の基盤を作ることができました。
図1(a) 建設年度別施設数<橋梁(2m以上)>[1]
図1(b) 建設年度別施設数<トンネル>[1]
図1(c) 建設年度別施設数<舗装>[1]
図1(d) 建設年度別施設数<河川施設>[1]
図1(e) 建設年度別施設数<下水道施設(管渠)>[1]
図1(f) 建設年度別施設数<港湾施設>[1]
図1(g) 建設年度別施設数<公営住宅>[1]
図1(h) 建設年度別施設数<公園>[1]
その後,我が国のインフラ整備は,1990年代をピークとして減少の一途をたどりました。その矢先,2012年12月に発生した笹子トンネル天井板落下事故を契機として,インフラの老朽化が社会問題化しました。このような社会問題の一因には,短期間にあまりにも多くのインフラを整備した結果,これらの多くがほぼ時期を同じくして老朽化し始めていることが挙げられます。昨今では,これらのインフラをどのように維持し,インフラのサービス水準をどうやって保持するかといった重大な課題に直面しています。
加えて,1995年の阪神・淡路大震災,2011年の東日本大震災に代表される地震・津波災害をはじめ,毎年のように発生する大規模な台風水害など,自然災害が激甚化・頻発化しつつある今日においては,防災・減災の観点からもインフラの在り方を再考すべき状況に直面しています。さらに,今後,わが国では少子化,高齢化が加速し,担い手や財源の確保の困難に直面します。このため,インフラの維持・保守のみならず,あらゆる産業の根幹が揺るがされる事態が将来において予想されています。
このような状況にあるインフラのほとんどは公共施設であるため,このまま何も対策を講じないと,公共サービスの質の低下に繋がります。すなわち,傷んだ道路は乗り心地が悪く,修繕が行われない橋梁やトンネルは危険なため使用制限もしくは通行禁止となります。また,水道水の質は低下し,場合によってはそのまま飲めなくなるかもしれませんし,下水道からは汚水が漏れ出て異臭を放ちますが放置されたままでしょう。バスや地下鉄も運行本数が激減し,便利さは失われ,美術館や音楽ホール,図書館,公園なども,撤去されるか,文化的なスペースとは呼べない,貧相な状態にならざるを得ないかもしれません。
図2 インフラの状態と経済力の関係
図2は予算制約の下で,インフラの状態とその維持管理のために可能な手立ての組み合わせを図式的に示したものです。これまでの日本は,図2の国旗の位置で記した通り,高度経済成長期に整備した,しばらくは維持管理のための支出を必要としない「新しい」インフラの恩恵を受けて,これまで経験したことのなかった様々なサービスを享受し,豊かさを感じられる生活を送ることができていました。しかし,近年では,多くのインフラが老朽化し,図2の①で記した位置まで移行し,インフラの状態が「補修を必要としないレベル」から「補修により使用可能なレベル」に移行してきました。その結果,維持に多額の負担が見込まれます。しかし,社会保障などへの予算建てを優先せざるを得ない状況にあるため、インフラの維持管理に潤沢な予算を確保することは困難です。インフラの状態が低下した場合でも,潤沢な予算があれば新しいインフラに更新すればよいのですが,予算の確保が困難になると,新しいインフラを整備することができず,撤去だけが行われるでしょう(図2の②)。それ以上に予算が厳しくなると,老朽化したインフラは撤去すらされず,最悪の場合,単に放置されるだけ(図2の③)になり,ゴーストタウンのような状態になる可能性もないとは言えません。
ちなみに,東北地方では,今回の東日本大震災の復旧・復興のプロセスで多くの防潮堤をはじめとする特別なインフラが一気に整備されました。前のページで示した高度経済成長期における急速なインフラ整備の「山」ですが,この10年の間に,東北地方だけがこのような急速なインフラ整備の新しい「山」を持ってしまったわけで,今後,この10年で整備された特別なインフラが老朽化した場合,東北地方だけがこれらの維持管理のために追加の費用負担を強いられることになる可能性もあります。
さて,国連が推進しているSDGs(持続可能な開発目標)の目標11「住み続けられるまちづくりを」に記されているように,国際的な視点に立てばインフラ整備が強く望まれている地域は数多くあります。2019年7月に大阪で開催された「金融・世界経済に関する首脳会合(G20-Osaka)」では,インフラに関する各国首脳の合意事項として,世界的な経済成長のためには,質の高いインフラへの投資がまだまだ必要であり,これからのインフラは設計,施工と維持管理を包括した整備が重要であることなどが明記されていますが,SDGsの目標は2030年までに達成しなければなりません。わが国もSociety 5.0(注)という考え方に基づき,人間中心の豊かな未来社会づくりを実現することでSDGsに貢献することになっていますが,これを実現するためには,自動運転や人工知能などの先端技術をベースとした未来社会を支える質の高いインフラが必要不可欠です。
このようなインフラの老朽化,少子高齢化,目指すべき未来社会の三つの状況を鑑みると,将来,少子高齢化が進んだとしても,安全で豊かな国民生活と安定した経済活動を持続するには,インフラの機能を常に維持しておくことが不可欠です。
さて,このようなインフラすなわち建設分野では,どのような体制で臨めば良いか,ですが,建設分野は公共事業が中心であるため,「官」の立場にある行政が国民から預託され,維持管理を実施する立場にあります。また,「民」の立場にある企業(建設業者)は,工事を請け負う受注者となりますが,この2者だけでは利害関係者となってしまいますので,大学のような「学」の立場が加わることで,公平中立でバランスの取れた産官学体制を構築することができます。さらに,3者が関わることで,産学,産官,官学といった連携により,新しい技術の開発だけでなく,新しい体制や新しい事業といった展開を進めることが可能となり,それぞれの立場を超えて,地域や社会の発展に貢献することが可能となります。このように, インフラの機能を常に維持しておくことが,国,地方自治体,大学が協同して解決すべき最重要課題の一つであることは間違いありません。
参考文献
[1]今後の社会資本の維持管理・更新のあり方について(答申)2013.12.25
[2]サイエンスカフェ・久田2016.11.18
(注)Society 5.0とSDGsとの関係
Society 5.0とは,2016年1月に策定された第5期科学技術基本計画において我が国が目指すべき未来社会の姿として初めて提唱された考え方であり,サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより,経済発展と社会的課題の解決を両立する,人間中心の社会(Society)として定義づけられています。ここでは,狩猟社会をSociety 1.0とし,農耕社会をSociety 2.0,工業社会をSociety 3.0,情報社会Society 4.0に続く,5つめの新たな社会を指す考え方として位置づけられています。
一方,SDGs(持続可能な開発目標:Sustainable Development Goals)とは,2001年に策定されたミレニアム開発目標(MDGs)の後継として,2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて記載された2016年から2030年までの国際目標のことです。SDGsは,持続可能な世界を実現するための17のゴールと169のターゲットから構成されており,地球上の誰一人として取り残さない(leave no one behind)ことを誓い,国連加盟国である我が国もSDGsを達成するための取組みを積極的に推進しています。また,SDGsの17のゴールのうち,11番目には「住み続けられるまちづくりを(Sustainable Cities and Communications)」というゴールが設定されているなど,建設分野に関わる項目も少なくありません。
さて,Society 5.0とSDGsとの関係ですが,前者が日本独自の目指すべき未来の社会であり,後者が国際的な達成目標であるので,理念としては後者が上位となります。我が国の外務省が公表している資料によれば,日本版SDGsを達成するための3つの柱として①SDGsと連動するSociety 5.0の推進,②SDGsを原動力とした地方創生,強靱かつ環境に優しい魅力的なまちづくり,③SDGsの担い手として次世代・女性のエンパワーメントを掲げています。特に,②については,持続可能で強靱な国土と質の高いインフラの整備とともに,成長市場の創出,地域活性化,科学技術イノベーションを推進することなどにより具現化を目指すとされています。
Society 5.0の説明 内閣府作成
質問:金井 浩(東北大学大学院工学研究科教授)
回答:久田 真(東北大学大学院工学研究科 教授)
鎌田 貢(東北大学大学院工学研究科 特任准教授)
監修:細谷雄三(東北大学名誉教授)
準備中
②例えば「碓氷第三橋梁」のように,昔造ったインフラが自然に溶け込んでいるものが見受けられます。そのための条件は何でしょうか。また,こうした古いインフラにも高い費用を充てて定期点検を行っているのでしょうか。
群馬県碓氷川に架かる煉瓦造りの4連アーチ橋である「碓氷第三橋梁」は自然に溶け込み,景観的にも美しく,歴史的な価値を醸し出しています。同様に,北海道・旧国鉄士幌線の「タウシュベツ橋梁」や京都市・南禅寺境内を横断する「水路閣」など,観光資源としても高い価値を有するインフラが存在しています。
図3(a) 観光遺構としてのインフラ 碓氷第三橋梁(wikipedia)
図3(b) 観光遺構としてのインフラ タウシュベツ橋梁(wikipedia)
図3(c) 観光遺構としてのインフラ 水路閣(wikipedia)
これらのインフラは,「現役」としての供用を終えた「遺構」という位置づけであり,鉄道車両や用水などによる荷重は作用せず,安全性の基準は自立し得るか否か,あるいは,例えば遊歩道として利用した場合であれば,人の重さに耐え得るか否かという視点になります。しかし,これらのインフラは「現役」ではないので,供用中のインフラに課せられる定期点検などはそもそも行う必要がなく,安全水準を確保するための修繕も行われません。むしろ,これらのインフラに対しては,長年月の風雪に曝されることよって醸し出される「風情」や「履歴」といった要素が損失しないよう,遺跡などを対象として実施される「保存」という技術が適用されます(※ちなみに,このような文化財の保存という観点から,考古学(Archeology),文化財保存修復学(Conservation of Cultural Properties)の分野では「オーセンティシティ(信憑性,Authenticity)」という考え方があります)。
図4(a) 遺跡インフラ タウシュベツ橋梁の損傷状況(wikipedia)
図4(b) 遺跡インフラ 広島・原爆ドームの保存状況(被爆の証拠が保存要件)
例えば,タウシュベツ橋梁の場合,豪雨や冬期の凍結等の外力によって損傷が生じても,鉄道を往来させるための安全性を確保する必要はなく,むしろ損傷そのものが環境の作用によって履歴をエビデンスとしてそれ自体が保存対象となります。広島の原爆ドームの場合も,原爆が投下される前の「産業奨励館」に修復(復元)されることはなく,被爆したというエビデンスを保存することになりますので,爆風で変形した部材はその状態が保存対象となります。これらのインフラは「現役」の構造物ではないので,定期点検は供用されているインフラで実施されている方法とは異なるうえ,予算の出どころも公共事業ではなく,通常,文化財保存といった文教予算になります。
これまでの事例とは異なり,「現役」で敷設位置の気候風土に馴染んでいるインフラとしては,山形県尾花沢市・銀山温泉にある単径間鉄筋コンクリート橋や,高知県・四万十川に点在する沈下橋があります。これらの橋梁は「現役」ですので,その他の橋梁と同様に定期点検が行われ,必要に応じて修繕されます。銀山温泉の単径間橋梁については,近接による点検結果で,コンクリート内部の鉄筋腐食が進行し,構造物としての健全度は著しく低い状態であることが判明したため,詳細な調査による診断結果が判明するまでは通行止めとなりました。診断の結果,この風合いを維持して大規模な修繕を行う場合には多額な費用がかかることが明らかとなり,管理自治体である尾花沢市は,更新して新設するのが経済的であると判断しました。しかし,銀山温泉の組合からは,この橋梁の風合いが観光資源として不可欠なので,多額の費用を自己負担してでも存続してほしいという要望が出され,結果的に,大規模修繕という措置が取られました。
図5(a) 銀山温泉単径間橋梁 山形・銀山温泉の単径間橋梁
図5(b) 銀山温泉単径間橋梁 歩道側
図5(c) 銀山温泉単径間橋梁 背面側
ちなみに,この単径間橋梁は,銀山温泉の上流の散策遊歩道に架かる人の往来ができる程度の小規模な橋梁で,大型機材も持ち込めないほどの奥部に設置されています。建設当時の記録は残っていませんが,周辺から砂と水が容易に入手できるので,鉄筋とセメントと主な工具さえ運搬すれば構造物の建設は可能であり,当時の地元住民の気概も推し量ることができます。こういった考察も,地域やインフラの歴史を講じる上で何らかの価値を有していると考えられます。
高知県・四万十川に架かる鉄筋コンクリート製の沈下橋群は,テレビドラマの舞台にもなるほど,景観にも優れた橋梁群ですが,このような高欄のない形式の橋梁は,増水時に流木などが堆積して橋梁本体に大きな負荷がかからないようにするための工夫です。現在の技術基準では認められていない仕様ですが,今でも,地域住民の移動を支えている「現役」のインフラです。このため,管理者である四万十市は,これらを維持管理対象の橋梁として取り扱っていますが,文化的価値が高いため,建設部署とともに教育委員会なども関与しています。
次の図6の写真は,本体の曲線がユニークな屋内(やない)大橋の様子ですが,この橋は,洗掘によって橋の基礎部分が崩壊し,それに連鎖して上部の橋桁も崩落してしまい,現在でも通行止めの状態です。地域住民にとっては生活に直結する重要な橋であるため,一刻も早い復旧を望んでいますが,文化的価値(観光資源)の保存の観点から,老朽化した部分のみを取り換えとしました。しかしながら,橋梁全体としての構造性能などに問題があるため,従来のような車両の通行も許すような供用を再開するには至っていません。いっそのこと,今日の技術基準に準拠した橋梁に更新するという案もありますが,工事期間中の周辺住民や清流(水質と生息動物)への影響など,様々な課題を解決する必要もあり,折合いのつく解決策が得られていないというのが実状です。
図6(a) 四万十川沈下橋 四万十川に架かる沈下橋(屋内大橋)
図6(b) 四万十川沈下橋 老朽化した部分の取換え状況
以上示しましたように,インフラの維持管理にあたっては,供用中の「現役」であるか否かで管理の考え方が大きく異なること,また,文化財としての取扱いとなれば維持管理の手法も変わり,措置される予算の区分も異なることになります。また,供用中の「現役」のインフラであってとしても,自然に溶け込み,地域と共に「生きている」インフラの場合には,一般的な橋梁とは異なり,高額の予算を投じてでも存続させたいといった,対応判断の段階で特殊なドライビングフォースが働くことがあります。
参考文献
[1]非専門読者のインフラ理解のための基本文献として
質問:金井 浩(東北大学大学院工学研究科教授)
回答:久田 真(東北大学大学院工学研究科 教授)
鎌田 貢(東北大学大学院工学研究科 特任准教授)
監修:細谷雄三(東北大学名誉教授)
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③未来のインフラには治水も大切で,地球温暖化の下で,これを考えに入れずに未来はないとも言えます。「未来のインフラにおける治水の大切さ」を一般の方々が身近な問題として想像できるように説明してください。
水は,私たち人間のみならず,あらゆる動植物に不可欠な物質であり,水なくして地球上での未来社会はないと言えます。日本に住んでいると,蛇口を回せば容易に飲める水が手に入り,お手洗いにも不自由はしませんが,世界中を見渡せば,このような「当たり前」と思える生活ができない地域が多くあります。このことは,SDGsの達成目標No.6「安全な水とトイレを世界中に」として設定されていることでも良く理解できます。
また,水は,津波や台風,集中豪雨,干ばつといった自然災害で連想できるように,多すぎても少なすぎても,私たちの脅威になり得ます。このような脅威を制御することを治水といい,堤防・護岸・ダム・放水路・遊水池などの整備をはじめ,河川流路の付け替え,河道浚渫による流量確保,氾濫原における人間活動の制限などが治水事業として位置づけられます。
一方,水を資源として使用するために制御することを利水といい,一般的には,河川の水を農業用水や都市用水に利用するための施設の整備や運用などのことを言います。今日の日本では,治水と利水に加え,多様な生態系に寄与する河川の重要性や地域の人々の意向を河川の整備に反映する「環境」という側面も位置づけられることになり,治水・利水・環境の各側面を考慮し,総合的な河川制度の整備が図られるようになっています。
防災の観点から水と向き合っているのは主に国土交通省,農業での水の活用という観点から水と向き合っているのは主に農林水産省,さらに,水質保全などの観点から水と向き合っているのは主に環境省でありますから,水との付き合い方によっていわゆる縦割りになりがちな領域であります。
こういった多様で異なる役割を目的としたインフラの例としてダムが挙げられます。ダムは,貯めた水を活用することで,生活や農業などでの渇水を回避できますが,豪雨水害時には,ダムに水を溜めることで水害を回避することができますので,ダムには水が溜まっていないことが必要となります。水を必要とする時期と防災の観点から水を減らしておくべき時期が微妙に拮抗しているため,水の増減を総合的に判断しコントロールすることは極めて難しいのが実態です。
ですが,未来のインフラには,その機能を十分に理解して治水と利水をもっとうまく組み合わせ,治水目的で整備したインフラを利水に役立てる,またはその逆といった柔軟で包括的な発想が求められると思います。一例として,利水として貯水機能を有する田んぼを,水害時にその機能を治水として防災に役立てるといった発想から「田んぼダム」という考え方が提案されています。
参考文献
[1]国土交通省「治水・利水の役割と効果」
[2]農林水産省「田んぼダム」
質問:金井 浩(東北大学大学院工学研究科教授)
回答:久田 真(東北大学大学院工学研究科 教授)
鎌田 貢(東北大学大学院工学研究科 特任准教授)
監修:細谷雄三(東北大学名誉教授)
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④今回のコロナ禍で,社会における未来のインフラへの考え方も変わってきています。この点についても説明頂きたい。
今回のコロナ禍は,2019年11月以降の世界的な災禍という定義になっています(例えばwikipedia)ので,未来のインフラに関する議論もこの時期を考え方の変曲点として俯瞰する必要があります。
まず,2019年11月以前における未来のインフラに関する議論ですが,2015年から始まったSDGsの枠組みの中で,No.11「住み続けられるまちづくりを」としてインフラに直接的に関係する達成目標が設定されています。また,我が国は,他の国に先駆けて人口減少,高齢化,エネルギー・環境規制などといった課題に直面している「課題先進国」という特殊性をむしろイノベーションの好機と捉え,SDGsの達成に貢献するために,人間中心の社会であるSociety 5.0を達成するとともに,地方創生と次世代・女性のエンパワーメントを実現することを目指すこととしています。特に,科学技術イノベーションの新たな取組みとして「ムーンショット型研究開発制度」が始動しましたが,ここでの議論では「2040年までに建設工事は完全無人化」といった大胆な目標設定がなされています[1]。
2014年度から法令により義務化された2m以上の橋梁と全てのトンネルを対象とした5年に一度の近接目視による定期点検が2019年度に一巡しましたが,国土交通省では,2巡目に突入した定期点検にて,ドローンなどの点検ロボットの積極的な導入が検討され,これに関する技術開発も活発化しています。また,2016年度から開始したi-constructionの取組みがより一層推進され,建設現場での無人重機によるICT土工などが本格化しつつあります。東北大学でも,2015年からスタートした「社会にインパクトなる研究」のC2「暮らしを豊かにする創未来インフラの構築~「造る」から「活かす」そして「生きる」へ~」としてプロジェクトが進められ,未来のインフラのあり方を模索する素地は構築されています。
その後,コロナ禍に突入し,私たちの生活様式が世界規模で大きく変化せざるを得ない状況に移行しましたが,これまで述べてきた通り,建設分野におけるイノベーションの方向性は,すでにコロナ禍以前から無人化,省力化など,今のところ,それほど大きく変化しておらず,コロナ禍による影響を受けずとも変革を余儀なくされていたのではないかと考えることもできます。例えば,建設現場において,ソーシャルディスタンスの確保が難しいなどコロナなどの感染症の予防措置が不十分であったため,コロナ禍でいかに労働力を確保するかと言った課題が現れましたが,労働力確保の課題は今までもあったものであり,これの対応としても,i-constructionの目指している建設工事の無人化という目標設定で差し支えはありません。インフラ維持管理における点検や修繕においても,技術開発の方向性は,人力ではなくロボットの利活用ですので,これもポストコロナの進むべき方向性と大きく差異は生じないのではないか,と考えられます。
このように,コロナ禍の前後では,建設分野自体のあり方や今後の目指すべき方向性には,大きな変化が生じているとは考え難いところです。しかしながら,今後,インフラの社会的なニーズの変化,すなわち,今般のコロナ禍によって生じるであろう「社会の変化」にインフラがどう応えていくべきか,といった点は,しっかりと考えておくべきではないでしょうか?
今回のコロナ禍の影響で,ヒトやモノの移動様式が大きく変化しました。ヒトについては,海外渡航も国内移動も激変し,会議はインターネットを通じたweb会議が頻繁に利用されるようになりました。モノについても,遠隔や近隣を含めて,その物流は大きく変化しましたが,これらを下支えする車両をはじめとする移動体(モビリティ)の使用形態も大きく変化しました。このような激しい変化に対応して,インフラはどうあるべきか,道路網や鉄道網,信号システムや交通法規,都市内交通と都市間交通,通信インフラも含めたライフラインなど,今のままで良いのか?これまで長年にわたって構築してきたインフラを様々な角度から検証し,未来を切り拓く新しいインフラとはどんなものなのかなど,これまでのインフラ整備のあり方を歴史的な見地からもしっかりと検証し,抜本的に見直す必要があります。「負の遺産」になりかねない状態で現在のインフラを次世代に引き継いでもらうのではなく,未来社会をしっかりと担えるインフラ(創未来インフラ)に生まれ変わらせた上で次世代の担い手に託すことが求められています。
参考文献
[1]この「難局」が「好機」とまでは言えないかもしれませんが,参考文献です
質問:金井 浩(東北大学大学院工学研究科教授)
回答:久田 真(東北大学大学院工学研究科 教授)
鎌田 貢(東北大学大学院工学研究科 特任准教授)
監修:細谷雄三(東北大学名誉教授)
準備中