研究・開発プロジェクト

高速・高分解能超音波イメージングのための音場制御・信号処理法の研究

本研究室では,従来の超音波計測では見逃されていた生体組織の微細な構造・微小な振動や変形,肉眼ではとらえることのできない非常に早い動きなどの計測を可能とする超音波計測法を研究開発し,医療診断に役立つ情報を得ようとしています.
このような計測を可能とするためには,時間・空間分解能を向上させた超音波イメージング法が必須で,そのための超音波音場の制御方法の研究を行っています.
また,計測された超音波信号(ディジタル信号)に適用する様々な信号解析方法を研究開発することで更なる空間分解能の向上などが期待できます

highframerate
(図: 従来の10倍以上の撮像速度を可能とする超音波診断装置).
生体組織の微小振動・変形の高精度超音波計測・信号処理法の研究

心臓・動脈など対象物に超音波を照射し,反射してきた超音波を解析することにより,対象物の振動や変形をミクロンオーダ(従来の超音波計測方法では検出できないような小さなスケール)で,数百Hzの帯域(肉眼では捉えることができない早さ)まで計測するための超音波計測方法・信号処理方法の研究を行っています.
それにより,従来の超音波診断装置など,既存技術では計測することができなかった心臓の拍動にともなう心臓壁・動脈壁の振幅数ミクロン,数百Hzまでの微小で早い振動を計測するなど成果を挙げています.

vibration
(図: 心臓壁の微小振動速度計測の例).
心機能および心臓・動脈壁組織性状の超音波計測法の研究

心臓の診断においては心機能の評価が重要となります.
心臓壁の動きを壁内局所ごとに高精度に計測することにより,心機能を司る心臓壁の伸縮特性(血液を全身に送るための心臓の筋肉の収縮・弛緩)を評価することができます.
また,心臓弁の開閉などで発生した心臓壁を伝わる微小振動の伝播速度を計測したり,血圧変化による動脈壁の微小な変形を計測することにより,心臓・動脈壁の局所粘弾性特性(心臓が健康で軟らかいか/病気により硬くなっているか)の評価を行うことができます.
粘弾性特性は生体組織の性状(どのような組織でできているか)を反映しているため,心疾患や動脈硬化による心臓・動脈壁の病的な変化を早期に検出できる可能性があります.

elastcity
(図: 動脈壁の局所弾性特性の計測例).
血流・血液性状の定量的評価のための超音波信号処理法の研究

ドロドロ血などが話題になっているように,血流や血液の性状は動脈硬化など循環器疾患の進展に大きな影響を与える因子です.
従来,超音波による血流速度の計測は行われてきましたが,現在では,血流により血管壁に働くすり応力の評価が重要であることなどが分かって来ています.
また,赤血球の凝集度が血液の性状を決める大きな要因であることも分かってきていますが,赤血球は長径8ミクロンと診断用超音波の波長(数十ミクロン~)に比べ大変小さいため従来の超音波像では描出することができません。
本研究室では,これらのために必要な新しい血流・血液性状の超音波計測法・信号処理法に関する研究を行っています.

RBC
(図: 駆血(血流を一時的に止める)による
赤血球凝集(超音波散乱体サイズが上昇)の発生を計測).
生体組織の加振法および粘弾性空間分布の可視化の研究

心臓壁や動脈壁は自らの収縮力や血圧変化によって自然発生的に変形が生じているため,それら変形を計測することにより伸縮特性や粘弾性特性を評価することができます.
しかし,安静状態の骨格筋や肝臓などの静止器官は,そのままでは変形を生じないため,外力を加える必要があります.この際,体表を押すことで外力を加えることも可能ですが,体深部に外力を加えることが難しいなどの問題があります.
本研究室では,超音波を対象物に照射した際に発生する音響放射圧という微弱な力を用いて対象器官を変形させ,その変形を超音波計測することにより静止器官の粘弾性特性を可視化するための手法に関する研究を行っています.

actuation
(図: 超音波加振により発生した筋組織の微小ひずみ(変形)の計測例).
心臓壁の微小運動速度波形の非侵襲的計測

心筋の弾性特性などの非侵襲的診断を行なうために,われわれは,心臓壁上の1点に関して,数拍にわたる大振幅変位運動の高精度なトラッキングを行ない,その上に重畳する微小運動を数百 Hz までの周波数帯域おいて十分再現性良く高精度に計測するための,超音波による経皮的方法(位相差トラッキング法)を開発している.独自の水槽実験で精度評価が行われている。
世界で初めて計測された心臓壁上の運動速度波形は,非常に再現性良く得られることが分かった。また、心筋症によって周波数領域において特に変化が現れることが確認された。
また壁振動間の伝達関数を求めることによって、1拍中の厚みの変化に由来する周波数成分が、25~100Hzにあることを突き止めている。
大動脈弁狭窄症など各種心臓疾患に関して,心臓生理学的基礎検討を含め,現在解析を進めている.
これらは、いずれも通常の超音波診断では得られない結果である。

心筋の局所厚み変化特性の診断

上記の計測法を拡張することにより,一拍内に心筋局所で生じる数百u mの厚み変化が 100Hz までの帯域において再現性良く計測可能となっている.
この手法に基づいて心筋線維の収縮・弛緩によって生じる心臓壁内部の厚み変化の異常を局所ごとに非侵襲的診断する手法を開発するため,顕微鏡下での in vitro実験,in vivo 実験,兎開胸心での病理対照実験などを行なっている.
また、この手法は、共同研究者の東北大学医学部附属病院 糖尿病代謝科 齋藤淑子博士、仙台血液疾患センター宇塚善郎博士らにより、抗癌剤投与の際の心筋症発症の抑制のための評価に応用されつつある。

動脈壁の層別局所弾性特性の評価法の開発

本研究開発は,通商産業省工業技術院 の産業科学技術研究開発制度に基づき,新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)からの委託により実施される平成11年度医療福祉機器技術研究開発の新規テーマに『血管壁組織性状診断・治療システム』として採用され,その研究開発 (平成11年度~14年度の4年間で総額約3億円を予定。技術研究組合医療福祉機器研究所経由で,東北大学工学部・医学部・松下通信工業(株)で受託している. )
心筋梗塞・脳硬塞などの発症は,アテロームによる直接的な動脈の閉塞よりも,脂質に富んだアテロームの壁が破裂し,下流部分への血栓形成による血管内腔の一時的な狭窄/閉塞に起因すると考えられており,粥状動脈硬化症の治療では,アテロームの壁の易破裂性/安定性を非侵襲的に評価する方法の開発が重要である.
本研究では,上記1.の手法を拡張し,精度評価を行った上で、超音波を用いて経皮的に動脈壁の1拍中での厚み変化を計測することに世界で初めて成功した。
また、 動脈硬化病変内部に厚み変化の大きい(軟かい組織)があることが検出された。
さらに超音波ビームを走査し、粥腫の壁や脂質層の局所弾性特性に関する断層像を計測するための手法・診断装置を,病理的な基礎実験・リアルタイム処理系の設計製作も含め研究・開発を進めている.

脈波伝搬特性の計測と解析に関する基礎研究

動脈硬化の非侵襲的診断法として,古くから脈波伝搬速度(PWV)法があり,血管壁の弾性率が評価できる.
しかし,動脈壁の応力・ひずみ曲線はヒステリシス特性を示すため,1心周期中のどのタイミングにおいてPWVを決定するかが重要である.
本研究では,1拍中の複数タイミングにおいてPWVを算出し,動脈壁のヒステリシス特性を推定し,動脈の粘性・弾性特性の非侵襲的評価を目指している.

心臓壁振動のスペクトル解析による拡張末期左心室内圧の非侵襲的計測

左心室拡張末期圧は心臓病の診断上,重要なパラメータとなるが,通常カテーテル法によって侵襲的に計測される.
そこで本研究では,上記1,2.の手法により経皮的に計測した心臓壁の微小振動に関して時間・周波数解析を行なって得られた心臓壁の瞬時的な固有振動数を用いて左心室の拡張末期圧の推定手法を開発している.
同時に,心臓壁の拡張期の弾性特性を推定できる.